文《いちもん》に靴片方
麝香草《じゃこうそう》に露の玉
朝っぱらから飲んだくれ
二羽の雀は満腹ぷう
ばっしいには
じい、じい、じい
おいらが持つのは一人の神様
一人の王様
たった一文に靴片方
こうまのような狼二匹
かわいそうだが酔っぱらい
穴では虎めが上機嫌
むうどんには
どん、どん、どん
おいらが持つのは一人の神様
一人の王様
たった一文に靴片方
一人は悪口《あっこう》、一人は雑言《ぞうごん》
おいらは森にいつ行くか
しゃるろっとにしゃるろは
こう訊いた
ばんたんには
たん、たん、たん
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 器量いっぱいの声を張り上げて、茂太郎は唄いながら、宮の台から卵塔場《らんとうば》を突切って、
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怪体《けたい》な鼠のお喋《しゃべ》りめ
こないだミラの窓叩き
おいらを呼んだばっかりに
娘たちぁどこへ行く
ロン、ラ
ほんにいとしや女ども
おいらを迷わすその毒は
オルヒラさんをも
酔わすだろ
娘たちぁどこへ行く
ロン、ラ
[#ここで字下げ終わり]
 庭の木戸口へ来ると、ギョッとして、何かに驚かされて立ちすくんでしまいました。
「弁信さあ――ん」
 この時、一方では水を切って落ちて来た一刀。丈余の卒都婆《そとば》をストリと二つに切って、南無阿弥陀仏の梵字《ぼんじ》を頂いた「我不愛身命」の残骸が下に、残る所の一面には、「但惜無上道」が冷々たる寂光を浴びて、空を制してそそり立っているばかりです。
「あ!」
と言ったのは清澄の茂太郎で、弁信法師は天に上ったか、地に伏したか、その影をさえ見ることができません。
 暫くあって弁信法師が、
「茂ちゃん、危ないよ」
「弁信さん、どうしたの」
 二人は抱き合って、卵塔場の中へ紛《まぎ》れ込んで姿を消してしまいました。
 同時に、竜之助の姿もそこには見えません。ただ氷片のような卒都婆の残骸が、いよいよ白く月光を浴びて、夜の更くるに任《まか》するのみです。

 その翌朝、二つに切られた卒都婆を見て、まず驚きに打たれたのは、寺の娘のお雪ちゃんであります。
「まあ、卒都婆が二つに切れていますこと、勿体《もったい》ない」
 それを拾い上げているところへ、子をつれた鶏が餌をあさりに来て、ククと鳴く。
「綺麗《きれい》に切れている、茂ちゃんでも悪戯《いたずら》をしたのか知ら」
 長さ一間に及ぶ、梵字と経文の卒都婆の半分
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