まうと、ホッと息をついたお角は、急に何かの重し[#「重し」に傍点]から取られたような気持になってみると、今の不憫さが、腹立たしいような、嫉《ねた》ましいような気持に変ってゆきます。巣鴨の化物屋敷の土蔵の二階で、あの人と机竜之助とが、うんき[#「うんき」に傍点]の中で、夜も昼も水綿《みずわた》のように暮らしていた時のことを思うと、お角は憎らしい心持になって、よくも図々しく、人にあんなことが頼まれたものだと、やけ[#「やけ」に傍点]気味で煙管を取り上げると、その時、表の格子戸がガラリとあいて、
「こんにちは、御免下さいまし」
「おや、誰だい」
「按摩《あんま》でございます」
「按摩さんかえ、さあお上り」
「どうもお待遠さまでございました、毎度|御贔屓《ごひいき》に有難うございます」
按摩は、こくめい[#「こくめい」に傍点]に下駄へ杖を通して上へあがって来ると、お角はクルリと向きをかえて、肩腰を揉《も》ませにかかる。
「なんだか雨もよいでございますね」
「降るといいんだがね」
「左様でございますよ」
按摩は臂《ひじ》でお角の肩をグリグリさせながら、お天気のお世辞をいっているとお角は、その腕の逞《たくま》しいところを見て、
「按摩さん、お前は幾つだえ」
「え、私の年でございますか、まだ若うございますよ」
「若いのは知れているが、幾つにおなりだえ」
「エエ、十三七ツでございます」
「ちょうど?」
「左様でございます」
「おかみさんはありますか、それともまだ一人ですか」
「へへえ……」
「なんだね、その返事は。あるのですか、ないのですか」
「あるのですよ、一人ありますのですよ」
「一人ありゃたくさんじゃないか」
「おかげさまでどうも……相済みません」
「おかみさんがあったって、済まないことはないじゃないか」
「なかなか親切にしてくれますから、それで私も助かります」
「おやおや。そうして何かえ、そのおかみさんは容貌《きりょう》よしかね」
「へえ、容貌《きりょう》のところは私にはわかりませんが、皆さんが、私には過ぎ者だとおっしゃって下さいます」
「やりきれないね」
「ところが、ごしんさま、容貌がよくて、気立ての親切な申し分のない女が、私共みたような不具者《かたわもの》のところへ来てくれるからには、どのみち、ただ者じゃありますまい」
「前はどうだっていいじゃないか、今さえよければ
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