です。仕方がない、少しく遠くなっても町のあるところまで出かけて、銭を出して、火打道具を買い求めて来るよりほかはないと思いました。
米友が畑道を引返して来ると、畑の畔《くろ》で、百姓が一人、子供を相手に話しています。
「これ見ろ作十、誰か榛《はん》の木山ん中へ、こんな掛物を置きっぱなしにして行っただあ、ことによると泥棒かも知んねえ」
「爺《ちゃん》、あにが書《け》えてあるだえ」
百姓の老爺《おやじ》と子供とがその掛物を拡げて見ようとするところだから、米友は眼の色を変えて駈け寄って、横の方から、それをひったくりました。
「おいらの不動様だイッ」
百姓親子は、眼を円くしました。
水に入れようとしてやりそこない、火に焼こうとしてまたやりそこなった米友は、ぜひなく不動尊の像をかついで、代々木の林を立ち出でました。
その途すがら米友は、なお頻《しき》りにこの画像の処分方を考えていました。そうして最後に考えついたのは、前よりはずっと穏健な仕方であります。それは個人に頼むことこそ億劫《おっくう》だが、しかるべき堂宮《どうみや》へ納めてしまえば文句はなかろう。堂宮といううちには、神仏それぞれ持
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