ただしく撒《ま》き散らしたものがあります。人は天からお札が降ったものと思いました。
また一方には、こういって言い触らす者もあります。
「世は末になった、近いうちに世界の立直しがある、踊るなら今のうち」
このふれごとは、短いながら、人の眼前の快楽を嗾《そそ》るにはかなりの力を持っていました。
当時、人の心はどこへ行ってもさまで穏かだというわけにはゆきません。先覚の人は国家の急を見て奔走しているが、なんにも知らぬ市井《しせい》村落の人たちとても、どこぞ心の底に不安が宿っていないということはありません。近いうちに世間に大変動が起るだろうという暗示は、女子供の心にまで映っていないということはありません。
「踊るなら今のうち」――そこで世の終りがなんとなく近づいて、人が前路《ぜんろ》の短い慾望を貪《むさぼ》り取ろうとする形勢が見え出します。
小金ケ原のこの踊りが、ついに江戸にまで伝わるに至り、その盛んなる噂を聞いて、江戸から見物に出かける者があります。見物に行った者は必ずその仲間に加わって踊り出さねば止まないことです。
今は、この踊りの場でうたう歌が、やれ見ろ、それ見ろ、筑波見ろ、とい
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