なかろうはずはない、まず殿様の斉彬《せいひん》が非凡の人物でなければ西郷を引立てることができようはずがない、知恵と手腕においては小松帯刀や大久保市蔵が西郷に優るとも、徳の一点に至っては、梯子をかけても及ぶまい、人物が大きくって徳がある、英雄|首《こうべ》をめぐらせばすなわち神仙《しんせん》である、西郷は乱世には英雄になれる、頭の振りよう一つでは聖人にも仙人にもなれるところが豪傑中の豪傑だ、おそらく、薩州だけではなく、今の日本をひっくるめて第一等の大人物だろうと考えられる」
「エラク西郷に惚れ込んだものだな。ところで、その徳というものが問題になるのだ、聖人君子の徳というものは、施《ほどこ》して求むるところなきもので、その徳天地に等しという広大無辺なものになるものだが、英雄豪傑の徳というものは、一種の人心収攬術《じんしんしゅうらんじゅつ》に過ぎんのだからな。西郷のその徳というのも要するに、薩摩一国に限られた徳で、大きいと言ったところで、たいてい底もあれば裏もあるものだから、このごろ、江戸の市中へ壮士を入れて、いたずらをさせているのも、一に西郷の方寸に出でるとのことではないか。あの男がこうし
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