青くなって騒いでいる時分に、外から一つの報告がありました。
不動の境内《けいだい》で、見慣れない小男が、しきりに十文字の槍をおもちゃにしているということです。槍をおもちゃにしているという報告は、穏かならぬ知らせです。鈴喜の家の内外を探しあぐねた連中が、ソレと言って我れ先に飛び出しました。
これより先、槍を荷《にな》った宇治山田の米友は、どういう了見か知らないが、不動の境内の人混みの中へ取って返しました。十文字の槍は肩にしているが、不動の画像は腰にたば[#「たば」に傍点]さんでいます。
いったい、この時分の米友の了見方というものは、米友自身にもよくわかりません。近来のことは世間にも、米友の周囲にも、あまり変兆《へんちょう》が多いから、この短気な正直者は精神に異状と言わないまでも、多少|自暴気味《やけぎみ》になっているかも知れません。槍を担ぎ出して、人目に触れない方角はいくらもあるのに、好んで人出の多い不動の境内へ取って返して、多くの人の注目に頓着せず、悠々と歩いて行くはあまりといえば非常識です。
「おーい、小僧待て!」
かの槍持奴《やりもちやっこ》をはじめ仲間ども、そのあとには鈴
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