まった鎖紐の煙草入なぞは、もとより物の数ではないが、槍はたしかにあの連中のうちの表道具である。この場合、中へ飛び込んで、あの男を助けて来るのは容易なことではないが、あの槍を取り上げてしまうのは、さしたる難事ではないと気のついたのが、米友の悪戯心をそそったわけです。それをするには、ここから物置の屋根へ飛びうつって、母屋《おもや》の庇《ひさし》を渡り、そこに腹這《はらば》って手を延ばしさえすれば、楽々と槍を捲き上げることができる――と気がついてみると、それは面白い面白い、早く捲き上げて下さいと、槍の方で米友を手招ぎするように見え出したから堪りません。極めて身軽に米友は、大木の上から物置の屋根へ飛び下りてしまいました。
 飛び下りた途端に帯をゆすぶって、腰に差していた不動尊の画像を背中へ廻し、そのままズルズルと走って母屋の庇へ出ました。庭では牡鶏《おんどり》が一羽、小首を傾《かし》げて物珍しそうに、米友の挙動をながめているだけです。
 そこで米友は庇の上へ腹這いになって下をのぞいて見ると、食事を了《おわ》ったお歴々の連中は、しきりに比翼塚《ひよくづか》の噂をしているらしい。結《ゆわ》かれてい
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