は、一に米友の身にかかって来るはずです。けれども、それは泰叡山の取扱いでどうにかなることでしょう。
二
「ナニ、水戸の山崎? 山崎がここへやって来たのか」
さすがの南条力も、何か呆《あき》れ面《がお》でありました。
「さきから、お屋敷の前を行ったり来たりしておいでになりました」
「そうか、訪ねて来たものを会わないわけにもいくまい、ここへ案内してくれ給え」
案内に立ったお松は、再び玄関へ取って返そうとすると、南条はお松を呼び留めて、
「お松どの、ちょっと待ってくれ、その山崎という男は、直接《じか》に拙者の名を言って尋ねて来たか、それとも、最初にほかの者の名を言うて訪ねて来たのではないか」
「いいえ、ほかにはどなた様のお名前もおっしゃりはなさいません、南条様にお目にかかりたいと申しました」
「そうか、それならばよろしい、間違っても宇津木兵馬を訪ねて来たと言いはしまいな」
「左様なことはおっしゃいません」
「ま、もう少し待ってくれ、いま訪ねて来たその山崎譲という男はな、宇津木兵馬に会わせてはならない人だ、兵馬がこの家にいるということを知らせても悪い人だ、先方がなんと言っても兵馬の名を出してはいけないぜ。それから、兵馬の部屋をよく始末して、山崎に中を見られないようにしておかなくてはいかん、この後とても、その辺はよく心得ておいてくれ給えよ」
南条は立って行くお松を、わざわざ呼び留めて、これだけの注意を与えました。
やがて案内を受けた山崎は、南条の部屋へ入ると、
「いつぞやは失礼」
と言って挨拶しました。
「その節は失礼」
南条もまた同じようなことを言って、礼を返しました。
してみればこの二人は、もう既にどこかで初対面が済んでいるものと見えます。多分、中仙道筋から相前後して、甲府の城下へ入ってから後、あの辺で相見るの機会があったものと見なければなりません。
「南条殿はいつごろ、こちらへおいでになりましたな」
「左様、あれからまもなく、こっちへやって参りましたよ」
「ははあ、左様でござるか」
「して山崎君、君は」
「拙者は、つい、この二三日前に出て来ました」
「左様でござるか。して、当分はこちらにおいでか、或いはまた甲州筋へお立帰りなさるかな」
「早速、甲府へ帰り、それからまた上方《かみがた》へ出かけるつもりであったが、江戸へ来て見ると、江戸にも
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