え命のもてあまし者なんだから、身代りにしてくれねえか、つまり、あの建具屋の縄を解いてやって、その代りに、おいらをふん縛ってくれ、あの若いのを助けてやってくれさえすりゃあ、素直《すなお》にこの槍を返してやるよ、それが承知ができなけりゃ、当分このお堂の中でお籠《こも》りだ、無茶に踏み込んで来る奴がありゃ、この十文字でいちいちドテッ腹へ穴をあけて、冥途《めいど》へ道連れにしてやるまでのことだよ、断わっておくが、こう見えても、おいらは槍だけは一人前に遣《つか》えるんだぜ、見る人が見たらわかるんだろうが、おいらの槍は天然自然に会得《えとく》しているんだぜ、それに木下流の磨きをかけているんだぜ、槍は身に応じたもので、おいらの身体では二間三間の槍は柄《がら》に合わねえ、九尺の十文字でさえ、ちっとばかり長過ぎるんだが、どうやらこれなら使えねえことはなかろう、本気にこの槍で、おいらが荒《あば》れ出した日には、死人、怪我人が山ほど出来るぜ、危ねえもんだが、おいらはそれをやらねえ、おとなしくこのお堂の中へ隠れているから、誰か確かな人を証人に、あの建具屋の若いのを、おいらの眼の前で許してやってくれ、そうすれば、この槍はちゃんと返してやった上に、おいらが身代りになって、牢ん中へブチ込まれようとも、見ているところで首をちょんぎられようとも不足は言わねえ、誰でもいいから話のわかる人を出して、しっかりと挨拶をしてくれ、それからついでに、お握飯《むすび》に沢庵《たくあん》をつけて三つ四つ差入れてもらいてえ」
 聞いている者がその言い分の不敵なのに呆《あき》れ返りました。呆れ返りながらも、聞いてみると幾分の道理がないでもない。ことに最後に握飯《むすび》を差入れろということは、かなり虫のいい注文だと思いました。しかし腹が減っているだろうから、それも無理のない注文だと同情する者もありました。
 この事件はついに、泰叡山《たいえいざん》の方丈《ほうじょう》を煩わして、解決をつけることになったのは幸いです。
 槍の主も、こうなっては事を好まないらしい。米友の言うような条件で、建具屋の平吉を許してやる代りに、米友が縛られることになりました。その証人は泰叡山の方丈です。十文字の槍は元の主へかえって、米友は縄をかけられて、名主の家へ預けられました。
 それでこの事件の当座の解決は出来たが、後難があるといえばその後難
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