ってせがまれると、お角も困《こう》じ果ててしまいます。
 無論、いいかげんのお座なりでごまかし了《おお》せる相手ではなし、そうかと言って、駒井甚三郎に引合わせようなどは以てのほかです。会わせないと言えば、こだわりをつけるに相違ない。お角も、この男にだけは尻尾を押えられていると見えて、しょうことなしに相合傘《あいあいがさ》で歩き出してはみたものの、橋を渡りきってしまえば甚三郎の宿は近いのですから、先へ進む気になれません。
「行っても仕方がないから帰りましょうよ、小屋へ帰って、ゆっくり話をしようじゃありませんか」
 こう言って賺《すか》してみたけれども、無論おいそれと応ずる男ではありません。
 そこで二人は、橋の欄干に添うて、押問答をしておりました。
 この時、他の一方の橋の袂《たもと》から、また一組の相合傘が現われました。その相合傘は、こちらの相合傘とはだいぶ趣を異《こと》にしています。こちらは蛇の目の傘であるのに、あちらのは買立ての番傘でありました。一本の傘の下に二人の人が、雨を凌《しの》いでやって来るのは同じこと。またその二人が、一方が男であり、一方が女であることも同じだが、あちらの
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