は、女の人がお高祖頭巾《こそずきん》で覆面をしているのに、男の方は素面《すめん》です。お高祖頭巾の女の面《かお》つきはわからないけれども、素面でいる男の方は、一目見てもそれとわかる宇治山田の米友に紛れもありません。
米友はあの通り背が低いのに、お高祖頭巾の女は人並よりこころもち高いくらいですから、この相合傘はあまり釣合いが取れません。第一、宇治山田の米友というのが相合傘の柄ではありません。お高祖頭巾の女がその番傘をかざして、米友は気の毒そうに例の杖をついて、その傘の下に歩いて来ましたが、柳橋を渡りかかると、怪訝《けげん》な目をして橋の上をながめます。それから神田川の水の流れを、何か思案ありげにながめて渡ります。
「ね、あの晩、この橋の上に立っていた人は、わたしはたしかに見たことのある人のように思いました」
お高祖頭巾が米友に向ってこう言いました。このお高祖頭巾の女というのが、藤原のお銀様であることは申すまでもありません。お銀様がそう言ったから米友は頷《うなず》いて、
「そう言われると、おいらもなんだか見たことのある人のような心持がするんだ」
米友も、以前、舟を漕いで来たあたりを見
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