なし、人の物を横取りは風《ふう》が悪いね、なにもお前と、おれの間だから、欲しけりゃあそうと言っておくんなさい、ずいぶん譲って上げねえ限りもねえのだ、だまって持って行かれると心持が悪い……そうしてまた兄貴はこれを持ち出して、いったいどうする気なんだエ、失礼ながら、このなかみの有難さが、兄貴にはまだわかるめえ」
「百、お前の言う通りだ、このなかみの有難さは、俺の眼では睨《にら》みきれねえが、ぜひこいつを拝みてえという人があるんだから、ちっとばかり貸してもらいてえ」
「うむ、そう話がわかりさえすりゃあ、ほかならぬ兄貴に貸惜しみをするような、おれではねえが、まあもう少し待ってもらいてえというのはほかじゃねえ、おれの方にも、この品を一目拝みてえという人があるんだ、それを先口《せんくち》にして、それが済んでから、兄貴の方へ廻すとしようじゃねえか」
「そいつはいけねえ、先口と言えばこっちに割があるんだ、これ見ねえ、この通り、蜘蛛の巣だらけ煤だらけになって、骨を折ってようやく取り出して来たものだ、くわえ煙草で懐ろ手をしている奴に渡せるものか」
「そりゃまたよくねえ、立ってるものは親でも使えということが
前へ 次へ
全221ページ中66ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング