すつな[#「やすつな」に傍点]もいろいろあるからな、出羽《でわ》にもあれば、下坂《しもさか》にもあるし、薩摩にも、江戸にもあるんだ、出来のいいのもあるが、そんなに大したものじゃなかろう」
「そんなんじゃございません、因州鳥取あたりにそのやすつな[#「やすつな」に傍点]というのはございませんかね」
「因州鳥取にやすつな[#「やすつな」に傍点]という刀鍛冶は聞かねえが……そうそう伯耆《ほうき》の国に安綱があるが、こりゃあ別物だ」
「それそれ、その伯耆の安綱でございますよ」
 七兵衛がこういうと、山崎譲は、
「ふふん」
と鼻の先であしらい、
「伯耆の安綱といえば古刀中の古刀で、大同年間の人だ、名刀|鬼丸《おにまる》を鍛えた刀鍛冶の神様と言われる大名人だ、伯耆の安綱がそんなにザラにあって堪るものかい」

         七

 山崎は、テンで七兵衛のいうことを受附けなかったけれど、七兵衛は確信あるものの如く、
「論より証拠、その品を持って来てお目にかけましょう」
と言って、甲府城の大手の前で山崎と別れました。山崎に別れた七兵衛は、あれから一直線に甲府の市中を東に走って、まもなく酒折村《さかお
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