下へ着いて見たが、甲府城の内外には別に変ったこともない。今や勤番支配の駒井能登守もおらないし、組頭であった神尾主膳もいないが、そんなことは、別段にこの二人に交渉のあることではありません。
「山崎先生」
「何だ」
「久しぶりで甲府の土地へ足を入れて、はじめて思い出した事がありますよ」
「それゃ何事だ」
「ほかの事じゃございません、百の野郎がここの土地へ、いい寝かし物をしておいたことを、いま私が思い出しました。おそらく、百の野郎も忘れていやがると思いますが、そいつをひとつ取り出して来て、旦那のお目にかけましょうかね」
「何だい、その寝かし物というのは」
「そりゃ刀でございます、名刀が一振《ひとふり》かくしてあるんでございます」
「ナニ、名刀? 名刀なら有っても決して邪魔にはならねえが、名刀にも品がある、お前たちのいう名刀は、あんまり大した代物《しろもの》ではあるまい」
「それがなかなか素敵で、出処が確かなものなんですよ」
「古刀か、新刀か。在銘のものか、ただしは無銘か」
「古刀のパリパリで、たしかやすつな[#「やすつな」に傍点]と言っていましたよ」
「やすつな[#「やすつな」に傍点]? や
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