この近所にいるんだろう、近所にいるんなら近所にいるで、とかく近所に事勿《ことなか》れ……ところが、どうだ、悪いことはできねえもんだなあ、この晒の切れが、ちゃんと流し元に落っこっていたやつを、人もあろうにこの道庵に見つけられちまった」
 何か重大な発見でもしたかのように、道庵は息せききって走りつづけているけれども、一向、何を追っているのだかわからない。四辺《あたり》をキョロキョロ見廻したけれども、それらしいものは何者も見えません。
 さきに、掻《か》き消すように朝湯を抜け出でた盲目の怪人は、四ツ角に待たしておいた手駕籠に乗って、いずこともなく飛ばせてしまったその後のことであります。

         六

 下仁田《しもにた》街道から国境を越えて、信州の南佐久へ入った山崎譲と七兵衛は、筑摩川《ちくまがわ》の沿岸を溯《さかのぼ》って、南へ南へと走りつづけます。この二人の行手は説明を加えるまでもなく、南条、五十嵐らの浪士のあとを追って行くものであります。しかしてまた南条、五十嵐らの浪士は、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百をところの案内として、甲府城をめざして進んで行ったことも明らかであ
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