えようとします。そこで大笑いになりましたが、その間に道庵は大あわてにあわてて、脱いだ衣裳を棚へ押し込んで鍵もかけず、浴槽へ向って逃げるが如く駈け下りました。
あとでは、やはり腹を抱えて笑ったものがあるけれども、それでも先生の人徳で、誰もその法螺《ほら》をにくがるものもなく、あえて軽蔑しようとする者もありません。ああ言って眼に見えた法螺を吹いては、しょげ返ってしまうところが先生の身上だ、あれがエライところだと言って、よけいなところへ有難味をつけるものもありました。
ところへ、湯から上って来た人があります。それはさいぜん、朝湯のい[#「い」に傍点]の一番に入浴した見慣れない盲目《めくら》の人でありました。いつのまに上ったか、もう棚の中から着物を取り出して帯を締めて、二階番のところへ行って預けた大小を受取ると、若干の茶代を置いて、煙の如く梯子段を下りて消えてなくなりました。
二階番も最初から怪訝《けげん》な面であるし、居合わせた定連の者も、呆気《あっけ》にとられてそれを見送って、面を見合わせました。
「盲目だね」
「盲目にしてはおそろしく勘がいい」
「梯子段から上って来て、すーっと消え
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