《まがお》になって、先生を讃《ほ》め立てたから堪りません。
「そんなでもねえのさ」
道庵先生は、ニヤリ笑いながら顋《あご》を撫でて、
「まあ、話半分に聞いてもらいましょうよ。よく言ったものさ、藪《やぶ》にもこう[#「こう」に傍点]の者と言ってね、藪は藪なりに、時々功名手柄をするところがおかしいのさ。昨夜なんぞはお前さん、拙者が通り合せなくてごろうじろ、たしかに焼討ちだね。あのなかにはお前、日本で無双の砲術の名人が隠れていたんだぜ、それがお前さん、舶来のカノーネルというやつを引張り出して柳橋の袂《たもと》へ据えつけ、これから向う岸へぶっ放そうというところへ、折よく拙者が通りかかって、憚《はばか》りながら長者町の道庵だ、と名乗りを揚げて、不足であろうが十八文に免じて拙者に任せてもらいたい、こう言って柳橋の真中へ大手をひろげて突立ったものさ、そうすると、やはりなかには相当のわかった奴もあって、よろしい――ほかの人では任せるというわけにはいかねえが、道庵なら任せてもよろしい――」
「先生、もうたくさんです、そのくらいにしておいていただきましょう」
堪り兼ねたのが両手をかざして、先生の口を抑
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