いらっしゃるし、それに西洋の方の学問まで、ちゃあんと呑込んでおいでなすって、それを知っているともいう面をなさらないところが、お見上げ申したもんだ。いつぞやはまた上野の山下で、持余《もてあま》し者《もの》の茶袋を、ちょいと指先をつまんで締め上げて、ギュウと参らせてしまったところなんぞは、どのくらい柔術《やわら》の方に達しておいでなさるんだか底が知れねえ。昨晩は昨晩で、また命知らずの浪人が何十人というもの、第六天の前から柳橋へかけて斬り結んでいたところへ、先生が通りかかって、一声、言葉をかけると、散々《ちりぢり》バラバラ逃げ去ってしまったということでございますね、どこへ行ってもその評判で持ちきりでございますよ。実際、あの先生は、ああしてふざけ[#「ふざけ」に傍点]ておいでなさるけれど、学問といい、武芸といい、まあ昔で言えば由井正雪といったようなお方だが、世が世だから、ああして酒に隠れてふざけ[#「ふざけ」に傍点]ておいでなさるんだ、町内ではあの先生を大切にしなくっちゃならねえ、あの先生こそ町内の守り神だって、みんなでそう言ってたところですよ」
まんざら、おひゃらかすとも見えないように真顔
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