は、大抵そのお客の面と身分柄とをわきまえているから、たまに新顔の客が来る時は、多少の用心をします。板間かせぎは、どうしてもその新顔の客の中から出るものであるから、その用心もまた無理ではないが、今日のこの早朝の客は、全く新顔であって、全く別な意味で番頭の目を引きました。
しかしながら、僅かの間を置いて朝湯に飛び込んで来た、吉原帰りらしい二人の御定連《ごじょうれん》の騒々しい梯子段の上り方で、急に二階番の老爺も興をさましてしまいました。
湯屋の二階は、一種の倶楽部《クラブ》でしたから、新聞の種になるほどの噂は、まずこのところでさまざまに評判されました。色里から朝帰りの若い者共は、まずこの湯屋へ立寄って、家の首尾の偵察《ていさつ》を試みて、それから帰宅する足場としている。こうしてこの定連の朝湯客のなかには、威勢よく飛び込んで、すぐにトントンと浴槽へ降りて行く者もある。湯はそっちのけにして話し込んでしまう者もある。甚だしいのは、前日の将棋の遺恨忘れ難く、朝湯もそっちのけにし、朝飯を顧みる遑《いとま》なく、ついに午飯《ひるめし》の時になって、山の神に怒鳴り込まれ、あわてて飛び出すものもある。
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