っていると、またも三人の度胆を抜いたことは、その死屍の中から鼾《いびき》の声が起ったことであります。これには駒井甚三郎も、宇津木兵馬も、上田寅吉も一方ならず驚かされないわけにはゆきません。いかなる大剛の人でも、斬り伏せられて鼾をかく人は無いはずです。また人を斬っておいて、鼾をかいて寝込んでしまう人もあるまじきものです。
 さすがの三人も、これには驚き入って、ずかずかと近寄り検《しら》べて見ると、下になっている一つはまさしく斬られている人ですが、その斬られている人の腋《わき》の下に首を突込んでいる他の一人が、まさに大鼾をかいているのであります。何のことだか、さっぱりわけがわからないながら、下になっている屍骸を検分するには、ぜひとも、その上になっている鼾の主を取り退《の》けなければなりません。
「これこれ、お起きなさい」
 兵馬は、その背中を叩いて、身体をゆすぶると、ようやくにして起き上ったその人は、一見して兵馬もそれと知る長者町の道庵先生でしたから、あいた口が塞がりません。

         五

 その翌朝、練塀小路《ねりべいこうじ》の西の湯というのへ、見慣れない一人の客が、一番に入
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