のが、甲府の内外にあろうとは思われぬ、新任の駒井能登守が、新刀試《あらみだめ》しのために、ひそかに城を抜け出でて辻斬を試みるのだろう、さもなければ広くもあらぬ甲府城下のことだから、おおよその見当がつかねばならぬはず……というわけで、駒井の身辺をしきりに警戒していた者があったとやら。駒井は虫も殺せぬ男のつもりだが、甲府城下ではそれほどに剣呑《けんのん》がられたことがある。辻斬というものは、一度味を占めるとやめられないものだそうだな、一度が二度、三度となると度胸も据《す》わって、毎晩、人を斬らねば眠られぬようになるそうな」
 こんなことを言いながら、橋板の上の血痕をよくよく辿《たど》って見ると、その一筋が、平右衛門町から第六天の方へ向いています。それを伝って行ってみると、第六天の社《やしろ》の少し手前のところの路傍に、物の影が横たわっているのをたしかめました。さてこそ! 近寄って見るとしかもその屍骸が一箇ではなく、折重なって二つまであるらしいことが、まず三人の胆《きも》を冷しました。それではここまで追蒐《おっか》けて来て刺違えたのか、ともかくも当の敵《かたき》を仕留めたものと見える。そう思
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