者がおりましたはず、その者の姿は見えませぬか」
と言って四辺《あたり》を見廻しました。
「まだ一人あったとすれば、それは、やはり斬られているのか、逃げたか」
と駒井も不審がって、そこで三人が一緒になって、もう一人の行方を探そうとして、橋の方へ小戻りして来ました。
 それから橋上へ取って返した時分に気がつくと、さいぜん橋の下までやって来た怪しの舟は、もう見ることができません。再び大川へ出てしまったのか、それとも橋をくぐって神田川を溯《さかのぼ》ったのか、いつのまにか見えなくなったけれど、それはこの場合、強《し》いて探究してみなければならないほどのことではありません。
 駒井甚三郎は、その時にこんなことを言いました、
「拙者《わし》が甲府にいる時分、あの城下で、ひとしきり辻斬沙汰が多かった、士分、百姓町人、女まで斬られた、ずいぶん、酷《むご》たらしい殺し方をしたものだが、腕は非常に冴《さ》えていた、百方捜索したが遂にわからなかった。あとで聞くと、その斬り手はかく申す駒井ではないかと疑うた者があるそうじゃ、駒井を除いては、あれほどに手が利いて、そうして斬り捨てて巧みに姿を隠すことのできようも
前へ 次へ
全221ページ中47ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング