いるもののようです。
ワッと崩れた人の声がこの時、また、ひっそりと静まり返ってしまいました。あまりに静まり返ったために、何となく、あたりいっぱいに漂う一道の凄気《せいき》が、ここの一間の行燈《あんどん》の火影《ほかげ》にまで迫って来るようでありました。ほどなく、
「ヤア!」
という気合の声と共に、チャリンと合わせたのは、たしかに霜に冴《さ》ゆる刀の響きでした。駒井甚三郎は、絵図を手に取って首《こうべ》を起して、その物音の方をながめます。ながめたところでそこは壁です。甚三郎はその壁の一方を見つめていると、寅吉は、やはり同じ方面を見つめて、押黙ってしまいました。
「ヤア!」
二度目に気合の声があったのは、それからやや暫く後のことでした。
「斬合い!」
寅吉が身の毛をよだ[#「よだ」に傍点]てると、甚三郎は幾分か興味あるものの如く、その物音に耳を澄ましていましたが、やがて、
「面白い、ドチラも辻斬じゃ、辻斬同士が柳橋を中にして斬り合っているのじゃ、命知らずと命知らずが、ぶつ[#「ぶつ」に傍点]かって、あそこで火花を散らしている」
と言いながら微笑しました。
この時代においては、辻斬と
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