その時、遠音《とおね》に聞えたのは鶏の鳴く音です。その鶏は宵鳴きをしたものやら、時を告げたものやら、いっこう要領を得ない鳴き音でありました。
 続いてビョウビョウと犬の吠えるのが、まだ宵の口であるか、ただしは深夜の物音に驚かされたのか、それもハッキリとわかりません。
 曾《かつ》て、十津川の奥から竜神村へ逃げ込んだ時に、頻《しき》りに犬が吠えました。竜神八処の犬が、悉《ことごと》く天に向って吠えるのを聞いた時には、さすがにものすごいと思いました。いま吠えている犬は、まさしくその時の犬であります。机竜之助は、再び紀伊の国の竜神村の人となったのであろう。
 空をながめることができたなら、その天には清姫の帯が流れていたかも知れない。天に清姫の帯が流れる時、地にそれをながめた人に祟《たた》りがある、ということを後にお豊の口から聞きました。
 恍惚《こうこつ》として立っている竜之助の周囲は、どうしても紀伊の国、竜神村の山の奥であります。
 金蔵は斬って落したけれども、その相手のお豊はどこにいる。

「もし、あなた、罪のない人を殺してはいけません、わたしを殺して下さいまし、わたしが悪いのです
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