助が言いました。
「エエ、どうも穏かでない騒ぎ方でございます、多分、喧嘩が始まったのでございましょうと思います、そこへ、仲裁の人が出て、ああのこうのと言って、騒いでいるらしうございます」
 そこで弁信は、また静かに歩き出しました。声の因って起るところをたしかめておき、どのみち二人は、その方向へ行かねばならないのです。人の噪ぐ声は、いよいよ近くなりました。その数多《あまた》の人が騒ぎ罵《ののし》る中に、人の泣く声が聞えます。そこで、弁信は再びたちどまりました。
「エエ、エエ、あの中で泣いているのは、あれは女の声でございますぜ、大勢の者に囲まれて、女が泣いているのでございますよ」
 なるほど、弁信の鋭敏な耳を待つまでもなく、人の騒ぎ罵る中で、絶え入るばかり悲鳴を揚げているのは、まさしく女の声であります。
「皆さん、それほどまでに恥をかかせないで、いっそ一思いに殺してしまって下さい、私共が悪うございました、殺されても決して皆様をお恨み申しは致しませんから、どうぞ、一思いに二人を殺してしまって下さい、それほどに恥をかかせないで、殺してしまって下さい」
 ひいひいと泣いているのは女の声であったけ
前へ 次へ
全221ページ中185ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング