痛ッ!」
兵馬は道の側《わき》へ飛び退いて身構えて見れば、月をながめて突立っていた天蓋の人が、手に持っていた尺八を振り上げて、通り抜ける兵馬を音もなく打ち込んで来たものです。
稀代《きだい》の乱暴かなと思いました。よし、それが刃でなくて尺八であったとは言いながら、これ抜打ちの辻斬とあいえらばぬ仕方です。この上もなき無礼、この上もなき狼藉です。この場合でなかったら兵馬と雖《いえど》も、その分には済まされぬところを、兵馬は怺《こら》えました。砕かれた小指を握りながら、月に立っている天蓋の怪しの男の姿をながめながら、兵馬は取合わずに別れて行きました。
指の痛みを堪忍《かんにん》して、宇津木兵馬はその場を立去りましたけれども、かの天蓋の怪しい男を、単純な乱暴人とのみ見るわけにはゆきません。況《いわ》んや狂人の振舞ではありません。
相手の右へ向って摺り抜けるということが、作法の上から間違っていて、それがために彼の怒りを買ったものと見れば、過《あやま》ちはやはり自分にある。そこで兵馬は多少悔ゆるの心を起すと共に、心外なのはこの指の痛みです。
かりそめに振り上げた尺八のために、ともかくもこ
前へ
次へ
全221ページ中176ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング