いのだ、と兵馬は強いて自分の心を落着けようとしたけれど、世の中にこのくらいばかばかしい人殺しはないものと思われてなりません。そのばかばかしい人殺しを甘んじてやって来た、自分というものの馬鹿さかげんこそ底が知れない。ああ、どうして我ながらここまで本心を失うたものかと、それを思い来って無念に堪えられないで兵馬は、火のように燃え上る頭を抑えました。
こうして兵馬が燃えさかる頭を抑えている時に、どこからともなく短笛の響が起りました。眼をあげて見ると、いつしか月が東の空に出ています。
人の姿は見えないが、笛を弄《もてあそ》ぶ風流の人は、わざと月の上らないうちに、武蔵野の外を吹きめぐろうとするものらしい。この短笛の音色が兵馬の頭燃《ずねん》に、一陣の涼風を送らないという限りはありません。兵馬には、その人が何の心あって、何の曲を吹いて来るのだかそれはわかりませんが、その音は柔和にして濃《こま》やかな感情を含んでいる。なだらかにして夢幻《むげん》の境を辿《たど》るようである。一転すると悲壮沈痛にして、抑えがたき感慨が籠《こも》る。朦朧《もうろう》として春の宵の如きところから、寥々《りょうりょう》と
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