を貸すということであればまだ名分もあるが、事実は、どう言っても女のためであるのを争うことができません。
 南条らの一味は、その以前から山崎が江戸へ出るということを探り知って、それを老女の家まで合図をしました。その合図によって兵馬は、大木戸あたりに待ち構えて、ついに物の見事に馬上の者を斬り捨てたけれども、それが物の見事に間違いであったということを覚ったのは、誰よりも斬った当人の兵馬が先です。隙《すき》があってもなくても山崎譲である、そう容易《たやす》く斬れるとは思っていなかったのに、案外なのはその馬上の人です。ほとんど藁人形を斬るよりも容易《たやす》く斬れてしまいました。たとえ無意味にしろ、山崎ならば斬って斬りばえもないではないが、馬に乗って世渡りをして、妻子を養ってゆくだけの男を斬ったところで何になる。それらの妻子や親族の者の歎きの程も思いやられる。斯様《かよう》な愚劣極まる殺生をするために、剣を学んだはずではなかった。いろいろと我が心に弁解を試みて、人を斬ることは何でもない、無用の人を斬るために、夜な夜な辻斬をして歩く者さえある、間違って人一匹|殺《あや》めたことぐらいは物の数ではな
前へ 次へ
全221ページ中170ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング