は窮することなき武蔵野の枯野の末です。
 とある森の蔭に立って、兵馬は天を仰いで見ました。その宵はまだ星もありません。このあたりには人家も見えません。たしかに道を過《あやま》ったものと思いました。よろよろと自分を支える力を失うが如く、大きな木の根に腰を卸して、ほっと深い息をついて俛首《うなだ》れてしまいました。
 兵馬はまさしく道を過ったものです。その道は、行けども涯《はて》しのない武蔵野の道ではなく、自ら為すべきことの道を過ったものと見なければなりません。
 四谷の大木戸で宰領を斬ったのは誰あろう、兵馬の仕業《しわざ》であります。それを山崎譲と見誤って斬ったのがオゾましい。兵馬には山崎譲を斬らねばならぬなんらの恨みがあるのではない、それは南条力に頼まれたからです。南条とても、山崎に私の怨みがあるわけでもなんでもない、彼は大事を成すの邪魔物であると思えばこそ、兵馬の手を借りて片附けさせようとしたものです。それはもちろん、頼まれたりとて承諾すべきことの限りではないのを、かくも兵馬が引受けて手を下すようになったのは、浅ましいことに女ゆえです。南条力の主義や主張に共鳴して、一臂《いっぴ》の力
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