山崎譲と信じて斬ったのに違いない。
こういうことにかけては、山崎は、ここに出張したお役目の役人よりは、遥かに観察が鋭くなければならないはずです。そこで唯一の証拠人であった馬方を捉えて、その前後の模様について訊問を試みました。
馬子の答うるところを綜合してみると、第一その斬り手は大兵《だいひょう》ではなかったこと、むしろ小兵《こひょう》の男で、覆面をしていたこと、斬った後に失策《しま》った! というような叫びを残して行ったこと、その声は細い声であったというようなこと、それらのことが、ほんの取留めのない参考になるだけで、なお四辺《あたり》を提灯の光で隈《くま》なく探して見たけれど、証拠になるべきものは塵一つ落してはありません。
その晩、江戸の西の郊外を只走《ひたばし》りに走っているのは、宇津木兵馬であります。
兵馬の挙動は尋常ではありません。その髪は乱れているし、その眼は血走っているし、第一、どこまで走るつもりか、その見当さえついていないようです。
道を誤れば、月の入るべきところもないという武蔵野の、西の涯《はて》まで走らねばならぬ。川越、入間川を経て、秩父根まで走らなければ、道
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