尻だけは今夜のうちに、江川の邸へ着けてえんだ、よろしく頼むぜ」
山崎がこう言うと、馬の側《わき》にいた屋敷出入りの飛脚らしい五十男が、
「ようございます、たしかに、私が今夜のうちに、新銭座の江川様へ、このお馬だけはお届け申すことにしますから、旦那様、どうかごゆっくりと御用をお足しなさいまし」
快く引受けたから、山崎は馬から飛んで下りて、
「それじゃあ頼む。それ、この笠をかぶりな、合羽も引っかけて行くがいい、この提灯にはそれ、江川の印があるから、消さねえようにして行ってくれ」
「旦那、それには及びますまい、この菅笠《すげがさ》で結構ですよ」
「そうでねえ、三度笠が定法《じょうほう》だから、冠《かぶ》って行くがよかろう、江川の邸で笑われても詰まらねえからな」
「それじゃ、お借り申すことに致しましょうかな」
「それで、お前のその菅笠をおれに貸してくれ、合羽はおたがいにそれでよかろうじゃねえか」
山崎譲は身代りの印として、久造には自分の冠っていた三度笠を渡し、自分は久造の菅笠をかぶり、江川の印のついた小田原提灯を渡して、新宿の追分から一行と別れてしまいました。
山崎がこうして宰領をして
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