寄るものはありません。相手が無くなると平家の文章を、ひとりで口吟《くちずさ》んで、曲の歌い廻しが思うようにゆかない時は、幾度も謡い直しています。そのくせ、琵琶修繕の手は少しも休むのではありません。ただ捗《はか》がゆかないだけで、どこをどう直しているのだか、この分では、一面の琵琶修繕に半年もかかるかと思われるほどのていたらくです。
「ヘヘエ、やるというほどでもございませんが、好きなものでございますからね。三味線も、ちょっとばかりならお相手を致しましょう。私に琵琶を教えてくれました検校《けんぎょう》が、何でも心得のある人でございましてね、その人から調子だけを教えていただきまして、あとは自分で工夫すると、どうやら当りがつくのでございますから、追々と、いろいろの音曲をやってみたいとこう思ってるんでございます。お寺にいては、そういろいろのものをやるわけには参りませんから、在家《ざいけ》におりますうちに、あれこれと手を出しておきたいと思っているんでございます。それでは芸人になるとおこごとが出るかも知れませんが、私は芸人でよろしうございます、とても名僧智識となって、衆生済度《しゅじょうさいど》を致す
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