んじていました。土蔵の二階には窓があるけれども、下には窓がありません。尋常の人では昼も燈火《あかり》を点《とも》さなければ堪《こら》えられないところへ、盲法師の弁信は平気で座を構えました。
そこで翌日からの弁信の仕事は、琵琶の手入れをすることです。昨夜の井戸端の騒ぎで、弁信の平家琵琶の上部は滅茶滅茶に毀《こわ》れました。弁信は一挺の鑿《のみ》と若干の材料とを借受けて、手細工で、それをコツコツと修繕に余念がありません。
「この平家琵琶ばかりは、好く人はばかに好きなんでございます、嫌いな人は見向きも致しません、それで、よく世間の人が、平家は江州鮒《ごうしゅうぶな》のようだと申します、好きな人はどこまでも好きでございます、嫌いなものは、てんで見向きも致しません、そこを申したんでございましょうね。わたくしが、この琵琶を習いはじめましたのは……」
お喋り好きなこの小坊主は、余念なく毀れた琵琶の手入れをしながらも、人の足音さえ聞えれば何がな語り出すのであります。人が耳を傾けようものなら、自分の素性来歴までも事細かに喋り出そうとするのだが、ここにはお銀様と、それから屋敷の召使のほかには、あまり近
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