へ落ちてしまった時に、生きていたいとか、助かりたいとかいう心持が、すっかりなくなってしまいました、大へん良い心持になりました、ですから、私は、井戸へ落ちましてからは、助けてくれとも、生かしてくれとも、一言《ひとこと》も申しませんでした。幸いに、身体には怪我は一つも致しませんで、しっかりとこの縄を握っておりましたから、水の底へも沈みはしませんでした、わたくしの身体は半分だけ水の中へブラリと下って、半分は水の上に浮き上っておりました、その時、わたくしはどっちでもいいと思いました。再び地の上へ浮き上れなければ、水の底へ沈んでしまっても、嬉しい心持で往生ができると思いました。そうしているうちに、わたくしの身体が少しずつ上へ上へと引き上げられるようでございます……その時も私は、どちらでもよいと思いました」
小坊主の言葉を聞いている竜之助は、煙草盆の縁で煙草の吸殻をハタきます。
その後、染井の化物屋敷へ、また一個の怪物が加わることになりました。その怪物とは、盲法師《めくらほうし》の弁信であります。
二階には竜之助とお銀様とが住んでいるところに、弁信は階下の板の間に一畳の畳を敷いて、その上に安
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