ないではない。お銀様も今の言葉を幾分か不快に思ったらしく、
「そんなことを言うものではありません、地獄は怖ろしいところです、この世はまだまだ捨てたものではありませんよ」
 お銀様は叱るように言いました。
「私も、つい今までは左様に思いましたけれど、今となってみると、地獄も、そんなに怖いところではないと思いましたよ」
 小坊主はこう言って減らず口を叩きました。減らず口ではないけれども、なんとなく小憎らしい口に聞えました。それは、さいぜんは、あれほどまで苦しがって、絶叫したり、号泣したりして死ぬことを厭《いと》い、助けられんことを求めていたのに、助けられ、救い上げられてみれば、かえってすましたもので、さのみ感謝の意を表しているとも思われないからです。感謝の意を表さないのみならず、むしろ、洒蛙洒蛙《しゃあしゃあ》として、よけいなことをしてくれたと言わぬばかりのすまし方であったから、お銀様も面白くなく、そんなら地獄へお帰りなさいと言ってやりたいほどのところを、黙っていると、いい気になって盲法師が、
「つい、今までは、私も、どうかして助かりたいと思いました、生きておりたいと思いましたけれど、井戸
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