二尺引き上げては息をついている様子が手に取るようです。好きでもない煙草を吹かしながら竜之助は、茫然として事の経由を考えています。いったい、あの盲の小坊主なるものが奇怪千万であるとでも思っているのでしょう。
「坊さん、しっかり[#「しっかり」に傍点]して下さい、怪我はありませんか」
 これはお銀様の声でありました。その時に、重い車井戸の軋りは止んで、
「はい、有難うございます、どこも怪我はございません」
 意外にも、これはハッキリとした小坊主の声。してみれば、たしかに一旦は井戸へ投げ込まれた小坊主は、生きて再び浮び上ったものに相違ない。竜之助はそれを怪しみました。
「どなたか存じませぬが、おかげさまで命が助かりました、一旦、地獄へ落ちたわたくしが、またこの世に生れることになりましたのは、あなた様のおかげでございます。でございますけれど、こうして再びこの世へ生れ更《かわ》って参りましても、業《ごう》が尽きない限り、この世もあの世も同じことの地獄でございます」
 小坊主は凄焉《せいえん》たる声で、こんなことを言い出しました。さきほどから聞いていれば、この小坊主の言うことが、いちいち癪にさわら
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