引いてみると手ごたえがあります。そこで釣瓶を卸して、両の腕《かいな》の力をこめて綱を引いてみると、いよいよ重い手ごたえがあります。生きてはいまいけれども、この綱の重みによって見ると、いま投げ込まれた盲法師は、井戸の底でまだこの縄に取付いていることはたしかです。盲法師は最後の死力で、縄に取りついたまま、その手をはなさないでいるものらしい。そうだとすれば、この縄を手繰《たぐ》ることによって、その死骸を引き上げることもできる、とお銀様はそう思ったものらしく、全力をこめて縄を手繰り出しました。
小坊主とはいえ、人間一人を引き上げることは、女一人の力にはかなりの重荷です。それでもお銀様のこの時には、思いがけない怪力が加わったもののように、誰の助けを借りもせずに、井戸の車が動きます。
その時に竜之助は蒲団《ふとん》の上に起き直って、枕許の煙草盆を引き寄せて、長い煙管《きせる》で煙草を喫《の》みはじめました。
あわて騒いでいた福村は、神尾を肩にかけて、ようやくその場を退去してしまったあとには、お銀様が力をこめて井戸縄を手繰る音が、ミシリミシリと重く軋《きし》って、お銀様は一尺引き上げては休み、
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