ぎ取られた牡丹餅大の肉片が、パクリと密着《くっつ》いているもののように見えました。
お銀様は、そこでホッと息をついて、同時に胸の溜飲《りゅういん》を下げました。ははあ、これだなと思ったのでしょう。盲法師が下へ投げ込まれるとその重みで、一方の釣瓶が急転直下すると一方の釣瓶が海老《えび》のようにハネ上って、そうして、その道づれに神尾の額の肉を、牡丹餅大だけを殺いで持って行ってしまった。
それだと思ったから、お銀様はいよいよ痛快に堪えませんでした。痛快というよりはこの時のお銀様は、まさしく神尾主膳の残忍性が乗りうつったかと思われるほどに、いい心持になりました。うめき苦しむ神尾にも、驚き騒ぐ福村にも、冷然たる白い歯をチラリと見せたきりで、井戸桁へ近寄って、一方の縄をクルリと廻してゆるめると、海老のようにハネ上っている一方の釣瓶が少しく下って来たから、手を高くさしのべてそれを取り下ろして見ると、お銀様の想像した通りに、神尾主膳の額の肉片は、べっとり釣瓶の後ろに密着《くっつ》いていました。
お銀様は、その肉片と神尾主膳の面《おもて》と、うろたえ騒ぐ福村の挙動を見比べながら、徐《しず》かに縄を
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