味で後目《しりめ》にかけて、弁信が投げ込まれた井戸へ近づこうとしたが、井戸の屋根の柱につるしてあった提灯の光が、あいにくに、怪我をしたという神尾の面《おもて》を照らしています。神尾主膳の面は、左右の眉の間から額の生際《はえぎわ》へかけて、牡丹餅大《ぼたもちだい》の肉を殺《そ》ぎ取られ、そこから、ベットリと血が流れているのです。福村があわて迷うててんてこ舞[#「てんてこ舞」に傍点]をしているのは、その大怪我のためであることがわかりました。
この点においてはお銀様は冷やかなものでした。神尾の額の大怪我は、むしろ痛快至極なものだと思いました。だから、いくら福村があわてようと噪《さわ》ごうと、いっこう驚かない。神尾が苦しむのは当然であって、ところもあろうに額の真中へ刻印を捺《お》されたことの小気味よさを喜ばないわけにはゆかないが、それにしても、咄嗟《とっさ》の間に、神尾がこの大傷を受けて倒れたのは何に原因するのか、それがわからないなりに井戸の車の輪を見上げると、釣瓶《つるべ》の一方が、車の輪のところへ食い上って逆立ちをしているように見えます。気のせいか、その釣瓶の一端に、神尾の額から殺《そ》
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