忍性はいよいよそれに興味が乗ってきます。弁信が素直に殺される気ならば、神尾は、さまで問題にしなかったかも知れません。それにも拘らず、弁信はいよいよ悲鳴の限りを加えて、
「死ぬのがいやなんではございません、死なねばならぬわけがわからないのでございます、殺されるのが怖いのではございません、ここで殺されるほどの罪を、わたくしはまだ作った覚えがございません、死ねとおっしゃればいつでも死にます、わたくしが死んで、ひとさまが助かりますようなことならば、いつでも死んでお目にかけます、また、わたくしの過去の罪と、現世の罪が重いから、こうして殺すのだとおっしゃるならば、幾度でも殺されて、罪ほろぼしを致しますでございます、けれども、今晩、こうして……見ず知らずのあなた様のために、なんにもわけがなくて、ただ、お屋敷のまわりをうろついていたという廉《かど》だけで、生きながら井戸の中へ投げ込まれましては、私には死んでも死にきれませぬ、どうぞ、お助けなすって下さい、どうしてもお殺しなさるならば、私が死ねるようにしてお殺し下さいまし」
 必死になって悲鳴を揚げれば揚げるほど、神尾の残忍性に油を加えるものに過ぎません
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