いでございます、後生《ごしょう》のお頼みでございます」
 ほとんど断末魔の叫びに等しいこの声が、土蔵の中にいるお銀様をはじめ、寝ている竜之助の耳を驚かさないわけにはゆきません。
「あなた、あれをお聞きになりましたか」
「ああ、聞いている」
 竜之助は辛《かろ》うじて答えましたけれども、起き上ってその急に赴こうとする気色《けしき》はありません。かえってお銀様が立ち上りました。
 神尾の残忍と兇暴とを知りつくしているお銀様は、この場合に、自分の力でどうすることのできないのを知らない道理はないはずであるのに、それでもじっとはしておられなくなったものと見えます。
 今、お銀様が立ち上った足許に触れたのが一管の尺八であります。今までは忘れていました。
「ああ、外の盲法師とやらが、尺八を吹いておいでになったというのは、あなたのことでございましたね、それなら、あなた、助けに行って上げて下さい、あなたの尺八の音に聞き惚れて、あとを慕って来たのだと言っているではございませんか」
 お銀様は尺八を片手に持って、再び竜之助を動かしました。この時、外では盲法師の悲鳴が三たび響き出しました、
「わたくしには、ど
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