幸内を虐殺したのも、安綱の刀が欲しいとはいうものの、一つはこの残忍性がしからしめたものであります。井戸桁に取付いている盲法師の弁信は、それとは知らず、声を嗄《か》らして悲鳴を揚げました、
「人は死んでも思いというものが残ります、わたくしだけではございません、あなた様に祟《たた》りが出来ます、わたくしを井戸へハメると、あなた様が地獄に落ちますぞ」
もとより、斯様《かよう》な警告に怖れる神尾ではありません。遮二無二、弁信を引捉えて井戸へ投げ込もうと焦《あせ》ります。弁信は、そうはさせじと死力を出して相争うこと前の如くであるが、結局、盲法師は神尾の敵ではありません。ついに井戸桁にしがみ[#「しがみ」に傍点]ついた両の手を※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《も》ぎ離されてしまいました。得たりと、神尾は両の手で抱きすくめて、弁信を浚《さら》い上げました。
「あ、誰か助けて下さい、盲法師の弁信を生きながら井戸の中へ投げ込んでしまいます、弁信はそれほどの罪をつくった者ではございません、このお方が無慈悲でございます、このお方は非道でございます、誰か助けて下さる方はありませんか、一生のお願
前へ
次へ
全221ページ中147ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング