っている時の声であります。その言うところを察すると、何か怪しの者を捉まえて、それを井戸側まで拉《らっ》し来《きた》ったものらしくあります。お銀様は針の手をとどめて耳を傾けると、
「いいえ、決してそういうわけではございませぬ、わたくしは怪しい者ではございませぬ、安房の国、清澄山から出て参りました弁信と申す盲目《めくら》でございます、この通り眼が見えないものでございます、清澄山からこのお江戸へ出て参りまして、ほかに稼業《かぎょう》もございませんから、少しばかり習い覚えました平家琵琶を語って、門附《かどづ》けを致しておりますのでございます。ごらん下さい、この通り袋に入れて背負っておりますのが、その平家琵琶でございます。ほんとうに拙《つたな》い業《わざ》でございますから、収入《みいり》も至って少のうございます、それでも皆様のお情けで、どうやらその日の暮しに差支えないだけは御報謝をいただきますんでございます。ただいまは本所の報恩寺長屋に御厄介になっているんでございます、長屋でも皆様が、わたくしが眼が不自由なものでございますから、可愛がって、いろいろと世話をして下さいますんでございます」
こう言
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