殿様の眼の色が変るに違いない、そこを附け込んで……ところで、その伯耆の安綱は、もともと神尾の殿様のお持物でございますから、決して代金をいただこうとは存じませんが、お言葉に甘えまして、ただ一品《ひとしな》の望みがございます、その一品と申しますのは、お絹様のお手許においでなさる子供を、決してお絹様のお手からいただこうとは存じませぬ、殿様のお手ずから……こんなことに持ちかけてごらん」
 それをお角は大喜びで、悉《ことごと》く呑込んでしまいました。
 七兵衛は、お角に知恵を授けてから、持って来た箱入りの品物を手渡ししました。これが伯耆の安綱でありましょう。この時の安綱は、まだ鳥越の甚内明神へは納めないであったものと見えます。甚内様へ納める代りに、お角の手に預けて、その後の幕を見ようともしない七兵衛は、この小屋を立ち出でてどこへ行くかと見れば、品川へ出て、東海道を真一文字に走《は》せ上《のぼ》ります。

         十二

 お松が、ひとりで気を揉《も》んでいるのみではなく、宇津木兵馬のこの頃は、誰が見ても変ってきたことがわかります。
 第一は金銭に困っていること、第二は外へ泊って帰ること
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