ても、この道ばかりは別でございますからね」
 按摩がうっかりこんなことを言った時に、面《かお》がダラリと伸びて、口が耳まで裂けたようでしたから、この部屋にいる人が、みんなゾッとしました。
 そこへ、白い羽二重を首に巻いて、十徳《じっとく》を着た、坊主頭の、かなりの年配な、品のよい人が不意に姿を現わし、障子をあける音もなしに入って来たから、眼の見えない按摩のほかは、新造《しんぞ》も禿《かむろ》も一度に狼狽して、
「御前様《ごぜんさま》、ようこそ」
と言って手をつきました。無論、当の花魁の大隅も、按摩をやめさせて居ずまいを直したものです。
 ところが、どうでしょう、一度に狼狽して敬意を表した部屋中の人々が、
「おやおや」
と言って面を見合わせたが、その面は、いずれも土のようになっていました。
「たしかに御前様がおいでになりましたね」
 新造が言うと、
「ええ、たしかにおいでになりましてよ」
 禿《かむろ》が返事をしました。大隅もまた、
「まあ、どうしたのでしょう」
 呆《あき》れた上に、歯の根が合わなくなっているようです。取残されているのは按摩さんだけで、それは、きょとんとしてせっかくの話
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