の腰も折られ、療治の手をやめさせられて、ほんとうに手持無沙汰で控えていました。
 眼の見えるもの三人は、たしかに入って来た、白羽二重を首に巻いて十徳を着た坊主頭を見たのです。だから、慇懃《いんぎん》に手をついて、めいめいの頭まで下げたのに、下げた頭を上げた時分にはその客はいないのです。入って来たのが、いかにも突然であったのに、消えてしまったのが、またあまりに突然です。前の話があって、ゾッとして寒がっているところへ、それですから、惣身《そうみ》に水をかけられたような思いです。
 前代の大隅に熱くなって通っていた浅草のある寺院の住職がありました。法体では吉原へ通えないから、大抵は医者のような姿をして通っていました。この寺は裕福な寺であって、この住職は大隅のためにはずいぶん金を使ったものです。大隅は表面|上手《じょうず》にもてなしたけれど、内々はずいぶん悪辣《あくらつ》な金の絞り方をなしたものと見えます。
「大隅さんは、あんなことをして罰が当らないでしょうか、坊主を欺《だま》すと七代|祟《たた》るということだから、後生《ごしょう》が怖ろしい」
と蔭口を言われたこともありました。しかし、いよい
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