りき[#「がんりき」に傍点]も苦笑いをしないわけにはゆきません。せっかくの相合傘の相手が振替えられた上に、その振替えられた相手から刎《は》ねられる始末だから、いやはや、色男も台なしという体《てい》でありました。そうして詮方《せんかた》なく苦笑いをしながら、
「それでも兄さん、わたしが傘を借りてしまったら、お前さんは濡れるんだろう」
「おいらなんぞは濡れたっていいやな、土団子《つちだんご》じゃあるめえし」
米友がこう言いました。米友が土団子じゃあるめえしと言ったのは、洒落《しゃれ》でも警句でもないだけに、おかしいところがあります。どちらかと言えば米友は、土団子のような人間でありますから、がんりき[#「がんりき」に傍点]もおかしく思いながら、
「土団子でねえにしても、お前さんを濡らしちゃ気の毒だ。それじゃあ、わたしはそこいらで一杯やることにしますからね、兄さん、御苦労だが、そこまで送ってやっておくんなさいな。ナニ、どっちでもかまわねえんだ、あいつらが両国の方へ行ったから、同じ方へ行くのも癪《しゃく》だ、代地《だいち》の方へ行きましょうよ」
こう言ってがんりき[#「がんりき」に傍点]が、橋の上を歩き出そうとすると、
「遠慮をしなくってもいいやな、傘は貸して上げるから、一人で勝手なところへ行きな、おいらは送って行くのは嫌だよ」
「だって、兄さん、濡れたって詰らねえじゃねえか」
「いいよ、おいらは濡れたってかまわねえんだ、ズブ濡れになった方が、気持がいいくらいなものだ」
「自暴《やけ》なことを言いっこなし」
「自暴なんぞを言やしねえ」
「そんなことを言わずに、おとなしく相合傘という寸法で行こうじゃねえか。一人で差したる傘なれば、片袖濡れようはずがない、なんぞは乙なもんだが、フラれて、自暴で、ズブ濡れなんぞは気が利かねえ、兄さん、相合傘とやりましょうよ」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は強《し》いて米友を、相合傘に捲き込もうとするけれども、米友は頑として聞かない。ぐずぐずしていると傘を抛りつけて行ってしまいそうですから、相合傘の押売りなんぞは気の利かないことこの上なしだと、がんりき[#「がんりき」に傍点]も呆《あき》れ返ってもてあましている途端に、フイと気のついたことがありました。
「おい、兄さん、ちょっと待ってくれ」
米友を呼び留めたけれども、米友は矢も楯も堪らなく
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