と用足しに……」
 お角としては怪しいほど神妙に返事をしました。
「お連れがおありなさるの」
「いいえ……」
と言ったけれども、それは甚だまずい言抜けに過ぎません。
「もし、御用がないのなら済みませんが、そこまで、わたしと一緒に来て下さいませんか」
 お銀様からこう言われたのが、この場合、お角にとっては勿怪《もっけ》の幸いであったらしく、
「はい、お伴《とも》を致しましょう」
と言ってしまいました。それで納まらないがんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵が向き直るとお角は、それにカブせるように、
「百蔵さん、このお方は、もと、わたしのお世話になった御主人様のお嬢様ですから、わたしはちょっと御一緒に行って参ります、それで今晩はあそこへ行くのはやめましょう、直ぐに帰りますから、両国へ行って待っていて下さい。友さん、お前も両国へおいで」
 そこで相合傘が、また二つにわかれました。
 お角のさして来た蛇の目の傘には、お銀様が入り、お銀様のさしていた番傘を米友に渡すと、米友は、それを受取って不承不承に、がんりき[#「がんりき」に傍点]の上へ差しかけます。
 蛇の目の傘は両女を容れたまま、もと来た方へ動き出したから、こうなってみるとがんりき[#「がんりき」に傍点]も、それを追蒐《おいか》けて袂を引くのもみっともないとあきらめたのか、だまって見送っているだけでした。
「や、こりゃ、どうも兄さん有難う」
 ようやくのことで、番傘を差しかけてくれている米友の好意に気がついてみると、がんりき[#「がんりき」に傍点]も動き出さなければなりません。動き出したところで今度は蛇の目の傘ではなく、番傘で、そうして相合傘の主も、得体《えたい》の知れぬ河童《かっぱ》のような男だから、多少うんざりしないわけにはゆかない。しかしながら、がんりき[#「がんりき」に傍点]はさすがに如才《じょさい》ないところがあるから、金助のように見てくれだけで頭ごなしに米友を侮辱するようなことはありません。
「兄さん、お前さんは、どっちへおいでなさるんだね。わたしゃ、そこいらで、ちょっと一杯やりたいんだが、なんなら附合っておくんなさいな」
と優しく米友を誘いました。
「おいらは、そうしてもいられねえんだ、一杯やるんならおめえひとりでやんねえ、傘はおめえに貸してやらあ」
 こう言って米友に番傘を差しつけられたから、さすがのがん
前へ 次へ
全111ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング