もてあました看護の連中とても、敢《あえ》て弁信を憐んで主膳の前を言いこしらえるのではないから、ついに主膳のむずかり[#「むずかり」に傍点]に我慢がしきれなくなって、
「どうだ、大将がすっかりかんづいているんだから、坊主を一つここへ引張って来ようじゃねえか。といって、土蔵はこっちの鬼門だから、あの中へ引取られた上は、おいそれとは渡してよこすまいが、なんとか口実をこしらえて引取って来ようじゃねえか、そうもしなけりゃとても、看病人がやりきれねえ」
 ついに彼等は相談して土蔵へ、小坊主引取り方を交渉に出かけることになりました。福村が先に立って、御家人崩《ごけにんくず》れが都合三人で、その晩、土蔵の前までやって来たが、彼等にも、この土蔵の中が気味が悪い。美しい腰元のお化けが怖いのではなく、現にこの中に籠《こも》っている幾つかの怪物は、同じ屋敷中にあっても、彼等にとっては治外法権の怪物であります。
 土蔵の前まで来るには来たが、彼等は急には訪れようとはしないで、まずこちらに立って中の様子をうかがっておりましたけれど、中には物音が一つするではありません。どちらも真暗で、土蔵の二階の金網の窓から、燈火《ともしび》の光が青く洩れているばかりです。
 そのうちに土蔵の戸がガタピシとあいて、中から人が現われました。様子を見ていた連中は物蔭に隠れていると、中から現われたのはまず盲法師の弁信です。今宵は笠もかぶらず、例の法然頭を振り立てて出て来ました。ただおかしいのは、手に九曜巴《くようともえ》の紋のついた、かなり古びた提灯を点《とも》して持って出たことです。それが倉から出て戸前を二三歩あるくと、そのあとから出て来たのは竜之助です。これは頭巾《ずきん》を被《かぶ》って、両刀を帯びて、竹の杖を持っていました。
 竜之助が出ると、倉の戸前を引き立ててしまったから、多分、今宵も倉の中では、お銀様一人が留守居をするのでしょう。そうして出かけた二人は、今宵は尺八を持っていないのだから、彼等は別に目的があって出歩くものに違いありません。ただ、わからないのはその提灯です。持って前に立つ人も盲目《めくら》です、あとについてたよりにする人もまた盲目です。盲目が盲目の手引をするのに、持つ人も持たれる提灯も変なものです。それと板倉家の定紋である九曜巴を、弁信が提げ出したことも何の意味だかよくわかりません。
「エエ
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