ょうかね、宗門の方から申しますと、『骨肉同胞たりと雖も、山門に入るを許さず』という、卯《う》の毛《け》も入れない厳しいところに情けがあるんだそうでございます、また世間普通の人情から申しますと、楽翁公のなされたように融通をつけるのが道理だと申すものもございます。あなたはどちらがよいとお考えになりますか」
兵馬が見ると、月を背にして歩んで来る二個《ふたつ》の人影があります。前のは背の低い網代笠《あじろがさ》をいただいた小坊主と覚しく、後ろのは天蓋《てんがい》をかぶって、着物は普通の俗体をしている男のようです。
この二人がそこまで来た時に、お喋《しゃべ》り坊主が遽《にわ》かに突立ってしまいました。
「もし、そこにどなたかおいでになりますようですが、どなたでございます」
こう言って見咎《みとが》めたのは無理もないと、兵馬も思いました。
行き暮れて、こんなところに、ただ一人、物案じ顔に休んでいるのを、通りかかった者が見ればギョッとするのも無理はない。兵馬はそこで、とりあえず返事をしました、
「ごらんの通り、このあたりで少々道に迷いました」
「左様でございましたか」
それでも小坊主は動いて来ませんでした。そして突立ったなりで暫く耳を傾けて、
「まだ、お若い方のようでございますな、どちらへおいでになろうとおっしゃるのでございます」
「浅草の方へ出たいと思います」
「浅草へ? それは飛んだ方角違いでございます、と申し上げたところで、私も実は浅草へ参る道は存じませんのでございますが、そちらへおいでになっては違います、今、ちょうど、お月様が上ったようでございますからね、そのお月様の上った方へと歩いておいでなさいまし、そう致しますと、ほどなく人家がございます、人家についてよくお聞きなさいまし、なんでも、お月様のお上りになった方へとおいでになれば間違いはございません」
お喋り坊主は親切にこう言って、道案内をして聞かせましたけれど、やっぱり歩いては来ないでそこに突立っています。
「有難うござる、それでは、あの月をめあてに尋ねて参りましょう。して、この辺は何というところでござろうな」
兵馬は立ち上りながら、こう言って尋ねてみると、お喋り坊主が、
「何というところでございますか、私共にもわからないのでございますが、ずっと参りますると染井から伝中《でんちゅう》の方へ出ますんでございま
前へ
次へ
全111ページ中87ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング